12.12粛軍クーデター(二)参謀総長連行

逮捕拘束された鄭昇和

12.12軍事反乱

 朴正煕パクチョンヒ大統領という強力な後ろ盾を失ったハナフェは存亡の危機を迎えていた。
 鄭昇和チョンスンファを根こそぎ倒さねば、次は自分たちが粛清されるだろう。全斗煥チョンドゥファンたちは、鄭昇和最大の弱点――金載圭キムジェギュに招かれ宮井洞クンジョンドンの晩餐会場にいたことに狙いを定めていた。

クーデター計画

 12.12クーデターの計画は、一週間ほど前から、全斗煥と盧泰愚ノテウの間で練られていった。

 12月8日、全斗煥保安司令官は、陸軍本部CID隊長1犯罪捜査団長禹慶允ウギョンユン大領2大佐に当たる階級。以下、領官=佐官に鄭昇和参謀総長の連行を任せた。禹慶允は許三守ホサムス大領と連行の手順について打ち合わせを行なった。
 許三守は陸軍士官学校17期生卒で、当時は保安司令部人事処長と合同捜査本部総務局長を務めていた。彼が鄭昇和総長連行の責任者だった。

 12月9日に、盧泰愚は直属の上官だった第1軍軍団長・黄永時ファンヨンシ中将に会い、鄭昇和参謀総長に勇退を勧めるように進言し、黄中将も同意した。
 12月11日、第30警備団本部に、全斗煥・盧泰愚・兪學聖ユハクソン・黄永時・車圭憲チャギュホン朴俊炳パクチュンビョンが集まり、鄭昇和陸軍参謀総長の更迭を建議することで合意した。
 全斗煥は、兪學聖・黄永時・車圭憲の三将軍を12日の会合に参加させることに成功した。
「明日の午後6時、”誕生会センイルチプ”に招待する」――これが出動の暗号だった。

 全斗煥は、決行を12月12日に決めた理由を、のちに法廷で次のように語って傍聴人を笑わせている。

「私は覚えやすいので、ゾロ目が好きなんです。ベトナムで作戦開始した日も4月4日、大統領に就任した日も3月3日です31981年3月3日、第11代大統領に就任した。。それで12月12日にしたのです。深い意味はありません」

午前の動向

 1979年12月12日午前10時、各陸海空軍参謀総長と盧載鉉ノジェヒョン国防長官が、人事関係の書類の決裁を仰ぐため、中央庁舎にいる崔圭夏チェギュハ大統領を訪問した。
 決裁を受けた後、鄭昇和は国防長官室で盧載鉉と談話した。この日は、10.26事件の事実審理が終了する日だった。盧載鉉は「金載圭が最終陳述で容共勢力に対して警戒するような言葉を残してくれれば良いのだが」と話した。
 鄭昇和は執務室に戻って、全斗煥司令官を呼び出して、盧載鉉国防長官の意向を伝えた。この時、全斗煥は鄭昇和と視線を合わせなかった。そして帰り際に「報告があるので、保安司の情報処長を行かせる」と言い残して行った。

景福宮に集結した将校たち

 1979年12月12日午後6時前、景福宮キョンボックン付近にある首都警備司令部第30警備団長室に、陸軍保安司令官・全斗煥少将ほか総勢12名の将校たちが集合した。

 首都軍団長・車圭憲中将、国防部軍需次官補・兪學聖中将、第1軍団長・黄永時中将、第9師団長・盧泰愚少将、第20師団長・朴俊炳少将、第71防衛師団長・白雲澤ペクウンテク准将、第1空輸旅団長・朴煕道パクヒド准将、第3空輸旅団長・崔世昌チェセチャン准将、第5空輸旅団長・張基梧チャンギオ准将、首都警備司令部第33警備団長・金振永キムジニョン大領。

 首都警備司令部第30警備団長・張世東チャンセドン大領が彼らを迎えた。彼は全斗煥に対して、生涯忠誠を誓った男だった。

料亭に誘き出された将軍たち

 さかのぼること12月5日、陸軍保安司令官秘書室長を務めていた許和平ホファピョン大領が、首都警備司令部を訪れた。
 張泰玩チャンテワン少将は、10.26事件後の戒厳令下で首都警備司令官に就任してから間もなかった。首警司の参謀長や、第一線での師団長を務めた経験があったことから、鄭昇和参謀長によって任命された。

 許和平は張泰玩に、全斗煥陸軍保安司令官から預かっていた封筒を渡した。そこには百万ウォンという高額の小切手が入っていた。許和平は、全斗煥少将が張司令官の着任祝いに一席設けたいと話している旨を伝えた。

 8日、今度は趙洪チョホン大領が張泰玩の元にやってきて、「チョン司令官が12日に懇親会を開きたいとのこと。鄭柄宙チョンビョンジュ特戦団司令官や金晋基キムジンギ憲兵監も招待したい」と伝えてきた。張泰玩は、首警司の憲兵団長を務める趙洪が全斗煥の使いでやって来たことに不快感を示し、「進級したくて挨拶回りをしているのか!」と叱責した。

 1979年12月12日――この日は将軍進級の発表がある日で、夕刻に祝賀会が催されるのが慣例となっていた。

 当日、張泰玩が招かれたのは西大門区ソデムング延禧洞ヨニドンの高級住宅街にある秘密料亭だった。鄭柄宙や金晋基のほか、保安司令部参謀長・禹國一ウグギル准将が既に到着していて、庭園で談笑していた。

 陸軍保安司令部ナンバー2の禹國一は全斗煥司令官の部下だったが、軍では先輩に当たる。彼は陸軍士官学校出身ではなく、通訳将校第4期生であり、ハナ会のメンバーではなかった。
 禹國一はこの晩、クーデター計画を知らされることなく、この”誕生会”の接待係を担わされていた。

 主催者である全斗煥が到着しないため、彼らは先に部屋に入って行った。そこには、准将への進級が決まっていた趙洪が待機していた。張泰玩は、自身が推薦した朴東遠パクトンウォンではなく、ハナ会と繋がりがある趙洪が進級したことに不満を抱いていた。
「貴様は何しに来たのか。部隊に帰って、ひっそりとやりたまえ!」
 張泰玩からは怒声を浴びせられたが、趙洪には、彼らを料亭に足止めするという重大な役割があったため、言われるがまま引き返す訳には行かなかった。

 運ばれてきた酒は、シーバス・リーガルだった。ミンマダムという40代くらいの女性が主導して接待をしていたが、彼女はこの料亭の女将ではなく、全斗煥からの依頼でやって来た雇われのようだった。

鄭昇和陸軍参謀総長を連行

 12月12日午後6時前、全斗煥陸軍保安司令官は、許三守大領と禹慶允大領に鄭昇和陸軍参謀総長の連行を指示した。許三守は、事前に参謀総長官邸に電話して、權正達クォンジョンダル情報処長の名を語り、報告があるのでこれから訪ねると伝えた。
 憲兵隊一個小隊と十数名の保安司令部捜査官、3名の憲兵将校が同行した。

 午後6時頃に退勤した鄭昇和は、義弟が准将に進級することが決まったので、義母に知らせるため、妻・申有慶シンユギョンと共に義実家を訪問しようと準備しているところだった。
 午後6時50分頃、官邸に到着した捜査官と憲兵隊は、官邸内の警備員たちの武装を解除し、匍匐ほふくで射撃姿勢を取った。

鄭昇和陸軍参謀総長

 参謀総長随行副官・李在千イジェチョン少領が、合同捜査本部情報処長と国防部合同調査隊長が訪ねて来たことをインターホンで知らせて来た。
 禹慶允と許三守が挙手敬礼して、鄭昇和に挨拶した。
 鄭昇和は、てっきり情報処長がやって来たのかと思っていたが、人事処長の許三守だった。既に鄭総長と顔見知りだった禹慶允が微笑んで言った。
「総長どの、今回は私も進級できると思っていたので、残念です」
「そうか。ポストが限られているので、皆を昇進させる訳にもいかないんだ。私も発表のたびに残念に思っているよ。もう一年頑張れば、次は何とかなるだろう」
 鄭昇和は軽く受け流してから、「報告事項というのは何だね?」と尋ねた。すると、許三守が進み出て切り出した。
「金載圭が裁判で逃げ道ばかり策しているようであります。総長どのの証言があれば裁判が進行すると思われます。総長どのは金載圭から巨額のカネを受け取られましたね。数百万ウォンだと聞いております」
 秋夕チュソク4旧暦8月15日に先祖の墓参りなどを行なうための祝日。や年末年始に大統領や中央情報部長が軍幹部に寸志を贈るのは慣例となっていた。この寸志は全斗煥陸軍保安司令官も受け取っていたものだった。鄭昇和は言いがかりに激怒した。
「カネをもらったとはどういうことか! 何度か一緒に食事をしただけだろう」
「上部からの指示で、参謀総長どのの証言を録音しなければなりません。設備も必要なので、私の事務室に御同行願います」
「貴様ら、一体誰の指示だ! 私は戒厳司令官だぞ。大統領の指示だとでも言うのか!? 警備長! 警備長はおらんか!!」

 許三守と禹慶允が鄭昇和の両腕を抱えて強引に連れ出した。その時、銃声が鳴り響いた。鄭昇和が「射撃中止」を叫んだ。
 この銃撃で、李在千副官と警護隊の金仁先キムインソン大尉が、そして連行する側の禹慶允大領も負傷した。

崔圭夏、石橋叩いて渡らず

 同じころ、全斗煥は、総理官邸接見室で崔圭夏大統領に会っていた5崔圭夏は大統領に就任した後も、青瓦臺ではなく、総理官邸で執務していた。。鄭昇和陸軍参謀総長が朴正煕大統領射殺事件に深く関与している疑いがあるため、身辺調査の許可を願い出たのだ。しかし、崔圭夏は国防長官の判断を聞いてから決裁すると言い張った。全斗煥が捜査機関の長の事後報告でも承諾されていたという前例を挙げても、崔大統領は国防長官に訊くの一点張りだった。
「石橋を叩いた人が渡ったのを見届けてから渡る」と言われるほど慎重な性格の崔圭夏は、軍部内の事情に疎い自分が独断で決裁することをためらった。

 午後7時15分頃、景福宮の第30警備団団長室に、鄭昇和参謀総長が連行されたという電話での報告があった。集まっていた将校たちは不安を覚えつつも、全斗煥が崔大統領の決裁を受けさえすれば問題ないと考えていた。それだけに彼らは、全斗煥が戻って来ないことに気を揉んでいた。

 午後7時30分頃、外で待機していた李鶴捧イハクポン捜査局長が全斗煥に、鄭昇和参謀総長を連行した件を耳元で報せた。

逃げ回る盧載鉉国防長官

 当時、陸軍参謀総長官邸方面からの銃声を聞いた上で取った盧載鉉国防長官の行動は、5.16軍事クーデター当時の張勉チャンミョン国務総理が、家族を連れて米国大使館に助けを求めたり、修道院に逃げ込んだことになぞらえ、今日まで非難の的となっている。

陸軍参謀総長時代の盧載鉉

 彼は、銃声の原因を確認もしないまま、家族を避難させるために真っ先に檀国タングク大学方面に向かってしまったのである。
 家族を部下に預けてから、盧載鉉は遅れて陸軍本部B-2バンカーに到着した。報告を受けた時は、鄭昇和を拉致した勢力を処罰するつもりだった。しかし盧載鉉は、軍部の統括責任は国防長官である自分にあるという自覚がありながら、この後、米陸軍第8軍内にある韓米連合軍司令部に逃げ込んでしまった。いずれにせよ、午後10時頃になって初めて崔圭夏大統領に電話連絡するまで、国防長官は行方不明も同然だった。

 盧載鉉は米8軍に行った理由について、空挺部隊を投入されれば国防部では防衛できないからと弁解したが、その空挺部隊を動員する人間については鄭柄宙がと言ってみたり、全斗煥がと言ってみたり、相手によって変えていた。彼は12.12について語る時、保身に終始したために、韓国国民を酷く失望させた人物だった。

珍島犬1号

 一方で延禧洞の料亭では、将軍たちが主催者を待ちきれずに盃を酌み交わしていた。鄭柄宙特戦団司令官がウイスキーをストレートで呑み干した。
 閔マダムがやって来て、金晋基憲兵監に耳打ちした。一旦外に出てから戻って来た金晋基は、張泰玩首都警備司令官に「参謀総長官邸で銃声がしたようです」と報せると、すぐにまた外に飛び出して行った。
 張泰玩はすぐに参謀総長官邸に電話をしたが、繋がっても受話器の向こうからは救急車を呼ぶ呻き声が聞こえてくるだけだった。
 専属副官がやって来て、参謀総長官邸で銃撃があったこと、犯人や鄭昇和総長の安否については明らかになっていないことを報告した。
 金晋基は陸軍本部憲兵隊へ、鄭柄宙は特戦団司令部へ、張泰玩は首都警備司令部へとそれぞれの部隊に戻って行った。

 しかし、夜8時2分に張泰玩司令官が着いてから状況を確認すると、張世東第30警備団長や金振永第33警備団長の姿はなく、先ほどまで車に同乗していた趙洪憲兵団長まで忽然と姿を消してしまっていた。
 張泰玩は金基宅キムギテク参謀長に非常措置を指示してから軍服に着替え、再び参謀総長官邸に連絡を入れたが、一向に繋がらず、状況もつかめないままだったので、兵力を直接官邸に向かわせることにした。
 それから30分後、張泰玩も現場に向かったころに、無線で尹誠敏ユンソンミン参謀次長から連絡があった。
「保安司の權正達大領6 許三守が事前に權正達情報処長の名を語って官邸に向かって行ったために、誤って伝えられた。と禹慶允大領が総長どのを拉致して、どこかに連れ去った。陸軍本部も首警司に移したところだ。早く戻って来て、収拾策を講じよう」

 戒厳司令部となっている陸軍本部バンカーに軍首脳が集まった。金容烋キムヨンヒュ国防次官や陸軍本部作戦参謀部長・河小坤ハソゴン少将らも現れた。

 同日夜、第3軍司令官・李建榮イゴニョン中将は、京畿道キョンギド知事など行政機関の長や有志らと懇談し、夕食を共にしていた時に、銃撃の報せを受けた。彼は急いで状況室に向かった。

 李建榮は参謀次長・尹誠敏中将と通話している。実はこういった主要指揮官たちの電話は、保安司令部によって盗聴されていた。
 以下は午後8時50分頃の通話。

尹「權正達情報処長と禹慶允大領が……」
李「權正達? 禹慶允?」
尹「総長どのを拉致して行きました。どういう状況なのか、今また確認してみますが、安家アンガ7宮井洞にある中央情報部の私設。ここでは、朴正煕大統領射殺事件の現場を指している。事件でもう一度調査するという話のようです。少し待ってみないと分かりません」
李「それにしても総長どのがどうして……。ところで、全ての部隊についてだが、私の許可なしでは動員しないでください。それから検問所全てに、総長どのの顔……総長どのが乗っている車があったら捕まえなければならんということだから。今、憲兵に指示を出しておいたから……」
尹「総長どのがどこにいるかについてですが、保安司令官が安全に保護していると」
李「保安司令官がですか?」
尹「はい。私と今、通話しました」
李「だったら特に何かする必要はないですね」
尹「必要がないので、”珍島犬チンドッケ8国内での騒擾や共産党スパイ等に対する警戒令。”は取り消すようにしました」
李「私はまだ珍島犬は発令していないが」
尹「はい。発令しないでください」
尹「それではまた報告します」

李「今、どこにおられるのが確実なのかね」
尹「はい。私は今、B-2バンカーにいます」
李「長官からの許可もなく、どうしてそうなったのか……」
尹「ええ、今またどこからか電話が来ました」
李「わかりました。電話に出てください」
尹「はい。それでは失礼します」

尹誠敏参謀次長と李建榮第3軍司令官の通話

 陸軍本部と首都警備司令部が事件を概ねつかめるようになったのは、夜9時頃だった。
「参謀総長を部下が令状も無しに、どうして連行できるんだ。何て奴らだ!」
 憲兵監・金晋基准将が憤慨した。

「どうやら、全斗煥の仕業らしい」

 李建榮と尹誠敏は午後9時25分頃にも通話し、ここで”珍島犬”の発令に合意している。

参考文献

  • 金在洪 著・金淳鎬 訳『極秘 韓国軍 知られざる真実―軍事政権の内幕(上)』光人社 1995年 【
  • 趙甲濟 著・黄民基 訳『別冊宝島89 軍部!』JICC出版局 1989年【
  • 嚴相益 著・金重明 訳『被告人閣下―全斗煥・盧泰愚裁判傍聴記』文藝春秋 1997年【
  • 趙甲濟 著・黄珉基 訳『韓国を震撼させた十一日間』JICC出版局 1987年 【
  • 李啓聖『實録青瓦臺 지는 별 뜨는 별』한국일보 1993年
  • 나무위키 namu.wiki/12.12 군사반란
  • 나무위키 namu.wiki/하나회
  • 노태우의 묘를 국가가 관리… 씁쓸합니다』오마이뉴스 2024年2月1日