実録・朴正煕大統領暗殺事件(上)

宮井洞安家ナ棟内の朴正煕大統領暗殺事件現場

朴正煕、最後の公務と不吉な兆候

 1979年10月26日午前、朴正煕パクチョンヒ大統領は挿橋川サプキョチョン防波堤竣工式に出席した。これが彼の最後の公務となった。

 挿橋川防波堤竣工式の後に、唐津タンジンのKBS対北放送中継所の竣工式にも立ち寄る予定であった。ここは中央情報部の管轄だったので、金載圭キムジェギュ中央情報部長もヘリコプターへの同乗を申し出たが、車智澈チャジチョル青瓦臺チョンワデ警護室長からはけんもほろろに拒絶されている。結局、金載圭は現地まで個別に車で移動しなければならなかった。

 この日、朴正煕は朝から鼻歌を歌うほど上機嫌ではあったが、周囲の人々の目には、大統領の姿は声に張りもなく、酷く疲労しているように映っていた。

 この日はいくつかの不吉な出来事が続いた。
 記念碑の除幕式では、強風で煽られた布が引っ掛かって上手く外せないというアクシデントがあった。KBS中継所の行事後、ヘリコプター2号機がエンジントラブルで離陸できなかった。さらに、昼食会が予定されている道古トゴホテルにヘリ1号機が着陸した際には、轟音に驚いたシカが壁に激突して死んでいる。

大行事――最後の晩餐

暗殺準備

 26日午後4時、金載圭中央情報部長は車智澈青瓦臺警護室長から「今晩、”大行事テヘンサ1大統領・秘書室長・中央情報部長・警護室長・女性2名による晩餐会を指す隠語。”がある」という連絡を受けた。
 同じころ、朴善浩パクソノ中央情報部儀典課長は、海兵隊同期の鄭仁炯チョンインヒョン青瓦臺警護室情報処長から、大行事のために酌婦2名を準備しておくようにとの連絡を受けた。朴善浩は、歌手の沈守峰シムスボンと、モデルで女優志望の女子大生・申才順シンジェスンに連絡し、それぞれホテルのラウンジで落ち合った。

 金載圭は午後4時20分頃、宮井洞クンジョンドン2ソウル特別市鍾路区内にある地名に到着した。
 金載圭はこの日に散髪をする予定だったが、大行事が入ったために急遽取りやめている。そして、午後4時40分頃、陸軍本部執務室にいる鄭昇和チョンスンファ陸軍参謀総長に電話している。
「今日は夕飯を御一緒に、時局について語り合いませんか」

 電話を取りつないだ尹炳書ユンビョンソ儀典秘書は、金載圭が大行事の連絡を受けた後に鄭昇和を夕食に誘っていたことを記憶している。
 それから午後5時頃、金載圭は「夕刻6時半までに宮井洞事務室まで来るように」と金正燮キムジョンソプ第二次長補を呼び出した。

 金載圭は一日に何度か着替える習慣があった。この日も大行事の前に随行秘書官である朴興柱パクフンジュ大領に縦縞のスーツを持って来させて着替えている。このスーツのズボンのポケットは特別に大きく誂えてあるという特徴があった。

 金載圭自身の供述によると、彼は宮井洞情報部施設本館2階にある部長専用の寝室に行き、金庫に保管してあった32口径ワルサーPPKを取り出して、書棚上段に置いてあった『国際情報資料』の奥にしまい込んだという。
 少なくとも、本人の供述だけではなく、尹炳書や朴興柱を通して見ても、金載圭の行動からは暗殺を意図して準備していたことが読み取れる。

 挿橋川での行事から帰ってきた金桂元キムゲウォン青瓦臺秘書室長は、”大行事”の報せを受けて、崔榮喜チェヨンヒ議員からの夕食の誘いをキャンセルせざるを得なかった。

 金桂元秘書室長は午後5時20分頃、宮井洞本館に到着した。
 寝ていた金載圭情報部長は、尹炳書秘書に起こされると、2階から下りて会議室で金桂元を迎えた。金載圭は困惑したように話した。
「私も今日は晩餐がないと思って、鄭昇和総長と夕食の約束をしてしまったのですが……」
 それから金載圭は、新民党工作に対する不満を金桂元相手にぶち撒けた。彼は前日にも同様の不満を吐露していた。

 午後5時40分頃には、二人は晩餐会場があるナ棟3B棟や2号棟に当たる。ハングルのカナダラマ式。日本のイロハやアイウエオのようなナンバリング。に向かった。
 金載圭は朴興柱秘書官に、自分が7時までに戻って来なかったら、お客と金正燮第二次長補だけで先に食事を始めるようにと伝えておいた。

 金載圭情報部長と金桂元秘書室長は、庭園の石に腰掛けて、再び話題を続けた。

「社会の空気がいかに険悪か、室長も御存知ないでしょう。釜山プサンに戒厳令が布かれたが、何日もつことやら」
「清水にナニみたいな奴一匹が入り込んで水を汚している」
「今日アイツを片づけなければ、事は立ち行かないでしょう。ヤツが横にいて閣下の判断を曇らせたままでいる限りはどうにもなりませんよ。ヤツを今日、片づけましょうか……どうしますよ」
 金載圭は車智澈を槍玉に挙げた。金載圭の過激な発言を、金桂元はいつもの不平不満と捉えていた。

 午後5時50分頃、車智澈警護室長が青瓦臺に到着して、秘書室まで迎えに来た。
 朴正煕大統領は、視察の時は終始鼻歌を歌いながら気分良さそうにしていたが、南孝周ナムヒョジュ事務官はこの時、大統領の機嫌が良くないと感じていた。

 午後6時5分、朴正煕大統領を乗せた非公式行事用のクラウン・スーパーサルーンが宮井洞ナ棟に到着した。

最後の晩餐

 晩餐会場には、十長生4日・水・松・鶴・亀・鹿・不老草に、山・雲・月・石・竹のうち、いずれか三つを加えた十の不老長生の象徴物。中国の神仙思想を元に、朝鮮独自に編成されたもの。の屏風を背景にして、掘り炬燵のあるテーブルがあった。
 上座の中央に朴正煕大統領、向かい側の席に金桂元秘書室長と金載圭中央情報部長が座った。車智澈警護室長は横の席――金載圭の左斜めに座った。

 大統領を慰労するための宴席であったが、この日の話題は不穏だった。釜山でのデモは金泳三キムヨンサムら新民党が操っていると思い込んでいた朴大統領は、釜山の情勢を尋ねては「もっと正確な情報を収集しろ」と金載圭部長を叱責した。

 金桂元は、当時の状況を以下のように陳述した。

 去る10月16日、釜山にて発生した騒擾に関して、車智澈は新民党が背後で操った暴動だと閣下に報告して先入観を植えつけました。中央情報部は調査の結果、新民党ではなく、南朝鮮民族解放戦線などの不穏な組織と、一部の反体制的な学生たちが加担したと報告したのですが、閣下からは否定された上に逆に叱責されてしまい、金載圭は、その原因が車智澈の策略によるものだと気づいて、怒りが頂点に達したのです。

朴正煕「新民党工作はどうなったのだ」
金載圭「すべてが失敗です。辞表を提出して党職から退くと言っていた連中がみな強硬派に寝返ってしまいました。どう頑張っても当面は鄭雲甲チョンウンガプ代行体制に持って行くのは厳しい状況です」
車智澈「それしきのガキども、舐めた真似しやがったら新民党だろうと学生だろうと、戦車タンクでサクッと押し潰してやりますよ」

 不穏な会話は止まなかった。金載圭と車智澈の口論は、酌婦として招かれた女性二人が待機していた居間にも響いていた。

 二人の女性が宴席に加わり、大統領の両脇――沈守峰は大統領の左側、申才順は大統領の右側に座った。申才順の対面には、こわばった表情の金載圭がいた。

 食卓には、高麗人参の蜂蜜漬け、桔梗の和え物、揚げ物、サラダ、松茸、スライス肉、シーバス・リーガル2本、煙草2箱が置かれていた。
 シーバス・リーガルはほとんど朴正煕と金桂元の間で回されていた。金載圭と車智澈は酒も煙草も嗜まなかった。

 朴大統領は申才順に年齢を、沈守峰には本貫ポングァン5先祖の出身地を指すが、事実上は父系の血縁を表している。を尋ねるなどした。
 女性二人の参席で、いくぶん場の雰囲気が和らいだように見えたが、車智澈が時局問題を持ち出しては「情報部は何をしているんだ」と煽り立てるので、大統領も不満を口にした。
「挿橋川は空気が良いのに、新民党はどうしてあんな具合なのだ」
 金載圭は、新民党内で主流派が強硬路線に転じたため、鄭雲甲代行体制の船出は難しいと弁明した。彼は大統領の心が軽くなるような答えを出せないでいた。
 金載圭が追い込まれている様を見かねた金桂元は話題を変えようと努めた。
「金部長はカクテルを作るのが上手いんです。金部長、カクテルはどうやって作るのですか?」
 しかし、金載圭はぶっきらぼうに「酒一杯に水二杯足せばできますよ」と言って、そのまま酒を注いで返してくる始末だった。

中座

 金載圭は午後6時40頃に席を外し、それから10~15分程度戻って来なかった。彼は晩餐場があるナ棟から50メートルほど離れた本館に向かった。

 午後6時35分頃、金載圭から招待された鄭昇和陸軍参謀総長が宮井洞安家アンガに到着していた。
 鄭昇和は金正燮第二次長補に案内されて1階の秘書室に入って行った。そこで朴興柱大領から、金載圭情報部長が大統領の晩餐に招かれたので参謀総長と第二次長補の二人だけで先に食事をしていて欲しいとの報せを受けた。

 鄭昇和と金正燮が1階で食事をしながら談笑していると、金載圭が入ってきた。
「鄭総長、誠に申し訳ありません。大統領閣下から急なお呼び出しを受けまして、出ない訳にも行かず……、すぐに終わりますから、彼と話をしていてください」

 金載圭はここで10分弱ほど話してから出て行き、本館の2階に上がってトイレで用を足した。それから寝室に入って、書棚に隠してあったワルサーPPKを取り出して、ズボンの右ポケットに入れた。

実行指令

 部長が部屋を出たという連絡を受けて、朴善浩儀典課長と、部長随行秘書官の朴興柱大領は外に出た。二人は旧館に向かって行く金載圭の後について行った。
 金載圭が旧館の小門近くで「二人ともこっちへ来い」と朴善浩と朴興柱に手招きした。
 三人は芝生の上に立った。

 金載圭はズボンの右ポケットを叩いて言った。
「君たちはどう考える。国が誤れば君たちと俺は死ぬんだ。今晩、カタを付ける。部屋から銃声が聞こえたら、君たちは警護員たちを始末しろ。陸軍総長と第二次長補も来ている。君たち、覚悟はちゃんとできているよな?」
「覚悟はできています」
 朴善浩が咄嗟に答えた。朴興柱は内心呆気に取られていたが、そのまま「はい」と答えるしかなかった。
 金載圭は本館を指差して、念を押すように言った。
「既に総長と次長補も来ている」

 朴善浩が金載圭の耳元で尋ねた。

「閣下までもですか」
「うん」

 金載圭が首肯した。

「今晩は良くありません。警護員が7名ほどいます。次の機会にしましょう」
「駄目だ。今晩のうちに処理しなければ機密が漏れる。出来る奴を3人選んで俺を援護しろ。全て始末しろ」

 唐突かつ一方的な命令だったが、従うよりほかなかった。
「分かりました。それでしたら30分の余裕を下さい」
「駄目だ。遅すぎる」
「30分必要です。30分前には絶対に行動してはいけません」
「……分かった」

 金載圭は再び銃が入っているポケットを叩いてみせた。

「自由民主主義のために」

 朴興柱は部長専用車の中に保管していた自身の拳銃を腰に装着した。そして1階の秘書室に戻ってから煙草に火を点けると、そのまま考え込んでしまった。
――秘書官の自分が知らないうちに、部長はいつの間にそのような計画を立てていたのだろうか。部長と何の縁もなければ、こんなことにはならなかったのに……。

 金載圭から命令を受けた朴善浩は、まず李基柱イギジュに目を付けた。李基柱に銃を持って来させ、「指示が出たら誰でも撃て」と命じておいた。
 朴善浩も李基柱も内心は葛藤していたが、上官の信任を裏切ることはできなかった。そもそも軍では命令に対して選択の余地がなかった。
 次に朴善浩から目を付けられたのは柳成玉ユソンオクだった。朴善浩は柳成玉に厨房前まで行って警護員たちを取り押さえて厨房に監禁するように指示した。そして、言った。
「反抗すれば射殺しろ」
 朴善浩の指示で、車には運転席に柳成玉、助手席に朴興柱、後部座席に李基柱が乗り込んで待機した。

 それから朴善浩は、午後6時20分頃にナ棟の警護員待機室に入って行った。そこには鄭仁炯警護処長と安載松アンジェソン副処長がいた。
 鄭仁炯は朴善浩とは海兵隊同期であり、安載松は後輩だった。
 三人はそこでテレビを視て過ごした。

暗殺の瞬間

 朴正煕大統領は挿橋川での行事がテレビで放送されるのを待っていた。KBSで金泳三と駐韓米国大使の会談のニュースが放送されると苦々しそうに言った。

「ブラウン長官6当時のハロルド・ブラウン(Harold Brown)国防長官が来る前に金泳三を拘束しておけと言ったら柳赫仁ユヒョギン7当時の政務第一秘書官。維新体制下にあって、野党人士たちとも交流があり、穏健路線で敵を作らなかったと言われる。に止められたからやめておいたのに、この有り様だ。(韓米)国防長官会議があろうがなかろうが法に従うことに何の問題があるんだ。米国では法を犯しても処罰されないとでもいうのか!」
「閣下、金泳三は国会で除名されたので、既に処罰を受けたものと国民は考えています。その上拘束までしたら二度処罰したという印象を与えます。大局に立った政治をしなければなりません」
「情報部はもっと恐れられなくてはならん。不正調査ばかりしていないで、立件すべきだろう」
「(新民党議員に)国会に出てくるように促すべきです。海外の論調も好ましくありません」
 金載圭が反駁すると、車智澈が口を挟んだ。
「新民党に辞めたい奴なんか一人もいません。あんな連中、ふざけた真似しやがったら戦車ですり潰してやりますよ!」

 テレビを消してから、朴正煕は「都承旨トスンジ8李氏朝鮮時代の承政院の長官。現代でいう秘書室長的地位であるため、酒席で朴正煕は金桂元をこのように呼ぶことがあった。、一杯やるか」と金桂元に酒を促した。シーバス・リーガルはほとんど朴正煕と金桂元の間で回されていたが、この日は肝硬変を患う金載圭もよく呑んでいる方だった。

「歌でも聞こうか」との大統領の声掛けで、沈守峰がギターを持って来て『그때クテ 사람サラム(その時、その人)』『눈물 젖은 두만강ヌンムルチョジュンドゥマンガン(涙に濡れた豆満江)』を続けて歌った。
 車智澈の提案で、歌った人が次の歌い手を指名することになったので、沈守峰が「警護室長どの」と指名した。金載圭は沈鬱な表情をしており、とても指名できるような雰囲気ではなかった。
 車智澈が民謡『トラジ』など二曲続けて歌った。その間に金載圭が再び中座していた。

 金桂元が「閣下、車室長はこんな歌も歌えるんですね」と言うと、車智澈は「国民学校9現在の初等学校。いわゆる小学校に当たる。に通う私の娘が歌の先生です」と答えた。
 場の雰囲気はいくらか和やかになっていたが、金載圭が何度も中座するので、金桂元は気が気でなかった。宮井洞安家の主人たる情報部長が席を外すのは大統領の前で失礼になると考えていたからだ。

 車智澈からの指名で、次は申才順が『사랑해サランヘ 당신을タンシヌル(愛する あなたを)』を歌い始めた。彼女は極度に音痴な上、大統領の面前で酷く緊張していた。
「この歌は知っているな。うちの子供たちもたまに歌っていたから」と大統領が話した。そして一緒に口ずさみ始めた。

 朴善浩から準備完了の連絡を受けた金載圭は宴席に戻って来て着座した。

「イェーイ、イェーイ、イェーイ……♪」

 歌の最中に、金載圭が隣りに座っている金桂元の体を軽く叩いて言った。
「閣下をしっかり支えてください」
 そして言うなり、銃をズボンのポケットから抜き出した。

「閣下、こんな虫けらみたいな奴を連れてまともな政治ができますか!?」

パンッ!――金載圭は車智澈に向けて1発発射した。一撃が車智澈の右手首を貫通した。

「金部長、どうした、どうしたんだ!?」
「何をしている!」
 車智澈が動揺し、朴正煕が一喝した。

 金載圭は立ち上がりざまに朴正煕に向けて銃を発射した。「野獣の心で維新の心臓を撃った」瞬間だった。
 弾は朴正煕の肺を貫通した。朴正煕の上体が倒れた。

 金載圭はそのまま車智澈に向けて引き金を引こうとしたが叶わなかった。銃が故障して引き金が引けなかったのだ。あるいは何かの弾みで安全装置が下りてしまい、金載圭がそれに気づかないまま引き金を引こうとしたという見方もある。
 金載圭は慌てて外に出て行った。

 突然、部屋の照明が消えて真っ暗になった。金桂元は「電気を点けろ!」と叫びながら宴会場を飛び出した。

 沈守峰と申才順は動揺しながら、朴正煕の体を支えた。背中から生温かい血が大量に流れていた。

 トイレに逃げ込んでいた車智澈が窺うように尋ねた。
「閣下、大丈夫ですか」

「私は、大丈夫だ――」

「閣下、大丈夫ですか!?」
 申才順も尋ねると、再び朴正煕が絞り出すように、微かな声で答えた。

「私は……大丈夫……」

 これが朴正煕が発した最期の言葉だった。

一斉射撃

 一方、警護員待機室で銃声を聞いた朴善浩は、その瞬間に拳銃を抜いた。
「動くな!」
 安載松が腰の拳銃に手を伸ばそうとしたので、朴善浩が牽制した。

 続けて二発目の銃声が聞こえると、警護員二人の手が銃に掛かった。

「銃を抜くな! 動いたら撃つ! おい、俺たち一緒に生き延びようや!!」

 車の中で待機していた朴興柱・李基柱・柳成玉の三人は銃声を聞くや車から飛び出し、銃を抜きながら厨房に駆け出して行った。
 柳成玉が厨房の外にいた金容太キムヨンテを銃撃した。彼らが移動している最中、突然照明が消えた。再び照明が点くと、彼らは厨房にいる警護員たちに向かって一斉射撃を行なった。腰を撃たれた朴相範パクサンボムはその場で失神して倒れた。金鏞燮キムヨンソプは五発被弾し、料理人の李正五イジョンオも脇腹を撃たれた。

 隣りの厨房から銃の連射音と声が鳴り響くと、安載松は鄭仁炯に目配せしてから、銃を抜こうとした。瞬間、朴善浩が銃を発射し、安載松の肩に命中した弾は肺と心臓にまで達して致命傷となった。続けて、鄭仁炯が立ち上がって銃を抜きながら朴善浩に飛び掛かってきた。朴善浩は後退しながら銃を発射、弾は鄭仁炯の首を貫通した。

現場検証中の金載圭(右)と朴善浩

 射撃を終えて、朴興柱が玄関へ向かうと、芝生に立っている金載圭部長を発見した。声を掛けられ、朴興柱を見た金載圭は、彼の手に銃がないことが分かると、その場から立ち去った。
 金載圭が再び建物内に入り、銃を手にしていた朴善浩に出くわすと、自身が持っていた銃を捨てて、朴善浩の手から銃を奪い取った。そしてすぐさま宴会場に向かった。

 一方、トイレから出てきた車智澈は「警護員! 警護員!!」と叫びながら宴会場を飛び出そうとするなり、殺人鬼と化した金載圭と鉢合わせした。

「金部長、金部長――……!」

 車智澈は室内にあった棚を盾にしながら、最後の抵抗を試みたが、金載圭は容赦なく引き金を引いた。胸部に被弾した車智澈は、そのまま仰向けに倒れた。

 金載圭は銃を持ったまま室内に入り、テーブルを回って倒れている朴正煕に近づいて行った。沈守峰と申才順は恐怖に慄いて、野獣の目をした金載圭を見つめるしかなかった。

 金載圭は朴正煕の頭部に向けて、とどめの一撃を発射した。

 廊下に飛び出してから、壁際にくっついて突っ立ったままでいるしかなかった金桂元は、照明が復旧すると、宴会場に戻ろうとして金載圭と出くわした。

「私はやると言ったらやります。たった今、全てが終わりました。保安維持を徹底してください」
「何と言ったらいいんだ」
「閣下が過労で倒れたとでも、適当に言っといてください」
「分かった……」

 金桂元は、銃を持っている金載圭に従うしかなかった。

参考文献

  • 趙甲濟『朴正煕의 마지막 하루 10·26, 그날의 진실』朝鮮日報社 2005年
  • 趙甲濟 著・裵淵弘 訳『朴正煕、最後の一日』草思社 2006年 【
  • 金忠植 著・鶴眞輔 訳『実録KCIA――南山と呼ばれた男たち』講談社 1994年 【
  • 『시사월간 WIN』월간중앙 通巻42号 1998年11月号
  • [부음]前공보처장관 유혁인씨』동아일보 1999年1月31日
  • 나무위키 namu.wiki/10.26 사건